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シャウレイ十字架の丘から見るリトアニアやバルト三国の国民性

time 2017/08/29

シャウレイ十字架の丘から見るリトアニアやバルト三国の国民性

バルト三国とは、北からエストニア・ラトビア・リトアニアと並んでいる、3か国の総称になります。よく「バルト三国」と一括りにされますが、話す言葉も国民性も全く別の国になります。

例えばエストニア人とラトビア人は北欧人らしく無口でシャイ、それに比べると信心深いカトリック信徒が多いリトアニア人は、感情豊かだと言われています。それでは、もっと詳しく見ていきましょう!



目次

20世紀に生まれた「三国ワンセット」

 

バルト三国は共に旧ソ連に属していましたが、風景も気候もロシアとはかなり違います。教会の建物はロシア風の玉ねぎ型の屋根ではなくて、天を突くような突塔のあるドイツ風のゴシック建築が多いです。

バルト海に面していて、メキシコ湾流(太西洋を流れる暖流)の影響で、寒さもロシアの内陸ほど厳しくはありません。

三国で共通するのは、歌を愛することです。旧ソ連からの独立時は武力に頼らない抵抗として、祖国の風景を歌う愛国的な唱歌や、民謡を合唱する運動で盛り上がりました。



言語や仲間意識も違うバルト三国

 

三国で一部の単語は似ていますが、日常会話は大きく違います。例えば「ありがとう」はエストニアでは「アイタ」、ラトビア語では「パルディエス」、リトアニア語では「アチュウ」と、全く異なる言語が使われています。

旧ソ連からの独立では力を合わせた三国ですが、仲が良いのかと言うと今では微妙のようです。北のフィンランドと言葉や文化が近いエストニア人は、北欧に仲間意識を持ちますが、間に挟まれたラトビア人は「三国は仲間だったんじゃないの?」とぼやく立場だと言われています。

 

エストニアの特徴と国民性

 

スカイプを開発したエストニア

 

エストニアは時折、旧ソ連きってのIT先進国と呼ばれています。インターネット電話の「スカイプ」を開発した国で、官公庁では紙の書類は使わずに、他国に先駆けて2002年から電子投票を段階的に導入しています。

ところが首都タリンを一歩離れれば、そこはもう田舎町が続いています。国土は平野が多いですが、大森林など手つかずの自然も多く残っています。地方に行くと年配の方の中には都会の病院には行かずに、森に湧き出ている泉や虫を利用した、民間治療を行っているところもあります。

 

食べ物を大切にするエストニア

 

今でこそハイテク立国のエストニアも、少し前までは非常に貧しかった時代があります。そのため、食べ物をとても大切に扱います。食事の前には、「パンがずっと続きますように」と言うそうです。

普通落とした食べ物は捨ててしまいますが、エストニアでは拾って口づけをするぐらい、食べ物を大事に扱っています。

またエストニア人は、隣国のフィンランドと同じくサウナが大好きです。昔からサウナは男同士、女同士がそれぞれに集まって裸で語り合う社交場でした。

 

エストニアの古き良きスウェーデン時代

 

歴史を見てもバルト三国の中でも、エストニア人は特に「自分たちは北欧の国」という気持ちが強いのです。

エストニアは14世紀以降、ドイツ騎士団領となったりロシア領になったりしていますが、16~18世紀のスウェーデン支配の時代を今でも「古き良きスウェーデン時代」と呼んでいます。それは当時エストニア語が、大事にされていたからだそうです。

 

ラトビアの特徴と国民性

 

オシャレな首都と水洗トイレのない田舎

 

ラトビアの首都リガは、バルト海きってのオシャレな都会です。西欧と東欧を結ぶ交易拠点として栄えた街並みは国際色豊かで、旧ソ連時代の映画では、ラトビアの首都リガの風景が、ロンドンやベルリンに見立てられたこともあるほどです。

けれども一歩首都を離れると、田舎町が続きます。地方に行けば中世のドイツ騎士団が開拓した風情ある村落が残っていますが、今でも水洗トイレがない場所も多く残っています。

 

奥さんが一家の働き手も少なくないラトビア

 

これはラトビアだけには限りませんが、旧ソ連崩壊後に男性の立場がかなり低くなっています。社会主義の時代に、男性の多くは官営の企業や農場で働いていましたが、それらが潰れて失業した人が多いからです。

その一方で旧ソ連の学校教員には女性が多かったので、その当時に先生をしていた奥さんが、一家の働き手という世帯も少なくはありません。

ラトビアは小さな国ですが、以外にもまとまりがありません。なにしろ「フランス人が3人集まれば愛を語り、ロシア人が3人集まればウォッカを飲み、ラトビア人が3人集まれば3つの政党をつくる」と言う言葉があるほどです。

けれども民謡や唱歌の合唱団は、美しいハーモニーの歌声を聞かせてくれます。

 

リトアニアの特徴と国民性

 

シャウレイにある十字架の丘

 

カトリック国のリトアニアには、とにかく教会が多くあります。北部の都市シャウレイには十字架の丘という場所があって、無数の十字架が並んでいます。

宗教が弾圧された旧ソ連時代に秘密警察のKGB(国家保安委員会)は、この丘をブルドーザーで壊してしまいましたが、信心深い住民たちは夜な夜な新しい十字架をこっそりと立てていったと言われています。

リトアニアはバルト三国の中では唯一、13~15世紀の間独立国でした。人口も多いので、「他より自分達の方が上」という意識があるようです。

 

民族の衝突が少ないリトアニア

 

16~18世紀までは「ポーランド・リトアニア共和国」という、ポーランドと一体の国でした。それではポーランドに仲間意識を持っているのかと言えば、話はそう簡単ではないようです。

当時はポーランド貴族がリトアニア人を支配する形でしたので、現在も「ポーランド人は嫌いだ」という人が多いようです。陸続きの隣国がない日本人にはピンとこない話かもしれませんが、ヨーロッパ人の間ではよくあることです。

18世紀末にポーランドもろともロシアに吸収されて以降は、ロシアの支配を逃れるために、ほとんどの村から西欧やアメリカへの移民が出ました。実はアメリカのアクションスターだった、チャールズ・ブロンソンもリトアニア移民の子孫になります。

ところが現在のリトアニアは、バルト三国の中で一番ロシア人への反発が弱くなります。それはエストニアとラトビアは、旧ソ連時代に入植したロシア人が人口の30%を占めますが、リトアニアのロシア人は10%未満で、民族の衝突が少ないからです。



おわりに

そして現在のリトアニア人の関心は、すっかり西欧やアメリカに向いています。若い世代はアメリカ文化が好きで、初めてマクドナルドが開店した時には、2週間で10万人ものお客様が集まったというのですから驚きです。

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YUKI

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