2018/05/05
ロシアのサハリンスクは、かつては豊原と呼ばれていて、日本政府の樺太庁が置かれていました。その町は日本時代に基盤が作られてて、碁盤の目の様にきちんと区画されています。その当時の名残を残す、サハリン州郷土史博物館をはじめとする観光スポットをご紹介致します!(Sakhalin in Russia)
目次
サハリンスクの繁華街
サハリンスクには、ロシアの新興都市によく見られるような画一的なアパートのビルや、近年建てられた近代的なビルに隠れて、日本時代に建てられた木造の古い家屋も散見されます。
通りには白樺やポプラの街路樹が並んでいます。車が増えるために、主要道路では交通渋滞が起こることもあると言います。
町の中心は鉄道の駅前を南北に通るレーニン通りと、東西に延びるコミュニスト大通りで、ここが主要な繁華街になります。全体的には静かな地方都市です。
活気があるのはレーニン通りと、サハリン通りの交差点北西角から続く市場で、生活用品や食料品のほとんどが売られています。
サハリン州郷土史博物館
サハリンで最初の博物館
コミュニスト大通りに面した日本のお城のような建物は、サハリン州郷土史博物館になりますが、これは日本時代の樺太庁博物館の建物になります。このように当時の建物がまだかなり利用されています。
サハリンで最初の博物館は、サハリン北部に所在するアレクサンドロフスク国境警備所で、1896年12月6日に新設されました。博物館はスタンバーグとピウスツキ流刑囚の参加を得て、また複数の有識者の協力によって設立されました。
そして自然や地質学、先住民の文化などの興味深い収集品が展示されていました。
この館は1905年まで存在していましたが、一部の展示品は日本軍の占領時中に、日本へ持ち去られています。その後熱心な努力の結果として、1932年アレクサンドロフスクーサハリンスク市に、新しい博物館が開設されたのです。
かつての日本樺太庁博物館
今のサハリン州史博物館はかつては日本樺太庁博物館で、1946年にユジノサハリンスク市で一般市民に公開されました。建物は義雄貝塚建築家によって、博物館のために特別に、1937年に「帝冠様式」で建てられました。
博物館の多くの世代のスタッフによって、自然史や考古学、先住民の文化や歴史、サハリン島とクリル列島の経済に間して、素晴らしいコレクションが集められています。
博物館のコレクションには19万点以上のアイテムがあります。最も興味深いアイテムが、訪問者のために展示されています。ユニークな展示品は土地や、島を囲む海の動植物界を特徴付け、古代文明の謎を解明しています。
またヨーロッパやロシア、日本の探検者によるサハリン州と、クリル列島の発見と探査の歴史、島々への移住と、その発展の歴史についての情報が展示されています。
毎年約8万人が訪れる郷土史博物館
郷土史博物館の2階には、19世紀後半から20世紀における、サハリン島各地域の歴史を特徴付ける展示品が出品されています。博物館は定期的に地域での新しい発見と、現代学界の研究資料などを提示する展覧会を開いています。
毎年約8万人が郷土史博物館を訪れています。年齢別の訪問者のために、博物館の職員は館内ツアー教育などのプログラムと講演会、コンサルタントサービスなども提供しています。
おわりに
町行く人はスラブ風の顔立ちが多いですが、なかには東洋系の顔立ちの人も少なくはありません。彼らは日本時代にこの島に移住してきた朝鮮半島出身者とその子孫にあたり、ごく少数にはなりますが、残留日本人やその子孫に会うことも出来るかも知れません。
町全体を眺望するのでしたら、旧旭が丘で、現在の山の空気展望台に登ってみることをお勧めします。車で約15分で行くことが出来るます。金曜日から日曜日と祝日は勝利広場から、リフトが運行しています。往復160Pで利用出来ます。
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